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2020.12.09
A-0117. ヒルベルト変換を攻略する糸口 — T.T
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ ヒルベルト変換を攻略する糸口 発行:エスオーエル株式会社 https://www.sol-j.co.jp/ 連載「X線CTで高精度寸法測定!?」 2020年12月9日号 VOL.117 平素は格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。 X線CTスキャンによる精密測定やアプリケーション開発情報などをテーマに、 無料にてメールマガジンを配信いたしております。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 測定システムを扱っていると、頻繁に積分変換に遭遇します。 フーリエ変換は、周波数を扱う場合、 ラプラス変換は、過渡現象や制御を扱う場合、 ラドン変換は、CTスキャンを扱う場合、 という具合です。 今回は、ヒルベルト変換に遭遇しました。 考えているのは、 平行平面板にレーザーを球面波にして入射し、 反射して戻ってきた2つの球面波を重ね合わせて干渉させ、 レンズの光軸から外れた位置にライン状の受光素子を並べて 干渉縞を解析するという状況です。 確かに、出てくる干渉縞パターンは、単純ではなく、 このまま扱っても必要な情報が取り出せません。 でも、この機構は、この装置のキーとなる重要な要素なので、 原理を理解し、挙動を把握する必要があります。 ここで出てくるのが、ヒルベルト変換なのですが、 そう簡単には理解できません。 計算できることと理解できることは違います。 フーリエ変換を知っていれば、ヒルベルト変換の計算は単純で、 フーリエ変換後に定数を掛けているだけです。 大して面白くないし、何が有難いのかさっぱり分かりません。 分からないことには、2通りあって、 考えて分かることと、考えても分からないことがあります。 考えても分からないことは、調べるしかありません。 そこで、自宅の本棚から、ヒルベルト変換に関係する本を探し、 机の上に積み上げました。 まず、今考えているのが光学に関する現象なので、 Born and Wolf の Principles of Optics を開きます。 第10章の中にヒルベルト変換の記述を見つけます。 第10章は、部分コヒーレンス光の干渉で、 ヒルベルト変換は非単色光を扱うのに導入しています。 今考えている状況とは違います。 そして、「この式は通信理論では頻繁に使われます。」 というようなことが書かれています。 式を追っても、どうもピンと来ません。 次に、岩波の「数学公式」を開きます。 ヒルベルト変換表を見ても、全然面白くありません。 計算したら、そうなりますという答えが並んでいるだけです。 数学の公式集を見ていて、楽しいと思うこともあります。 それは、その背景を理解しているときです。 そして、何が分からないのか分からないのが一番の問題なので、 定義から順を追って分解していくことにします。 定義式は、 H(f)(t) = (1/π) P∫ f(s)/(t-s) ds と書けます。 実変数関数 f(t) を別の実変数関数 H(f)(t) に 核関数 (1/π)/(t-s) を使って積分変換で写しているだけです。 積分範囲は、(-∞, ∞) で、P はコーシーの主値です。 コーシーの主値との関連を調べ始めた辺りから、 数学的に面白くなってきて、本筋から外れて、数学の本が積み上がります。 高木貞治「解析概論」 寺沢寛一「数学概論」「数学概論 応用編」 Ahlfors「Complex Analysis」 Bracewell「The Fourier Transform And Its Applications」 その他、関数解析や超関数の本など多数 結局、本質が分からないまま、本を30cm以上平積みにして寝ました。 物事の本質は、おおよそ意識的に考えているときは見えなくて、 考えていないときに見えてきます。 寝て起きると、何をすべきかスッキリ分かりました。 これから、計算して確かめていく必要がありますが、 以下のような流れです。 ・装置の制約上、変な歪み方をした干渉縞から 位相情報を取り出す必要があります。 ・センサからの信号は、実関数で表せます。 ・干渉縞に変調を掛けたとき、 振幅の変調と位相の変調を分離する必要がありますが、 このままでは混ざって分離できません。 ・信号の実関数をヒルベルト変換します。 すると、信号を複素関数で表した場合の実部と虚部が分かります。 ・実部と虚部の二乗和の平方根を取ると、振幅が取り出せます。 ・虚部を実部で割って、Arctan を取ると、位相が取り出せます。 本を見直すと、最初からそう書いてあります。 言葉を尽くして説明が書いてあるのに、 分からないときは読み取れなかったのです。 分かってからようやく、既に書いてあったことに気づきます。 読み飛ばしたわけでもなく、 文章の意味が分からなかったわけでもなく、 書いてある式やその変形が分からなかったわけでもありません。 脳が、そこに答えが書いてあると認識しなかったのです。 もう、ヒルベルト変換は友達です。 これから色々ヒルベルト変換について計算するのも苦ではありません。 計算すべきことは、f(t) を与えたときに、 z(t) = f(t) + i H(f)(t) を計算して、これが、 z(t) = A(t) exp(iθ(t)) と書けることを使って、 A(t) = √{ f(t)^2 + H(f)(t)^2 } , θ(t) = Arctan{ H(f)(t)/f(t) } を求めることです。 仕事は、計算ができて終わりではありません。 実際の装置と対応付けて、システムの全体像の把握と、 フィールド作業やアプリケーション開発に活かすことが求められます。 趣味でやらなくてはならないことも増えました。 複素解析の分野で、ヒルベルト変換に関連したとても面白い世界が 広がっていることに気づいてしまったので、探検に行くしかありません。 -- 高野智暢