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2018.08.08
D-0143. ローカルスロープリミットの前提条件 — TT
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ ローカルスロープリミットの前提条件 発行:エスオーエル株式会社 https://www.sol-j.co.jp/ 連載「知って得する干渉計測定技術!」 2018年8月8日号 VOL.143 平素は格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。 干渉計による精密測定やアプリケーション例などをテーマに、 無料にてメールマガジンとして配信いたします。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 人に何かを説明する時、「方便」が必要になります。 方便とは、目的に導くための手段のことを言います。 ことわざに、「嘘も方便」というものがありますが、 嘘で相手を納得させることは、良いことではありません。 真実を知った時に、あれは嘘だったと思われる説明は良くなく、 その説明があったから、この真実を理解できた と思われるものであれば、許容されるのかもしれません。 では、なぜ方便が必要で、いきなり真実を説明しないのか という疑問が出てきます。 物理現象を説明するときに、 全てを相対性理論と量子力学に基づいて、 さらには近似を一切使わずに説明する なんてことはあり得ません。 人間は、理解できる範囲の土台の上にしか、 ロジックを積み上げていくことができません。 そのために、方便が必要なのです。 そもそも人類は、相対性理論と量子力学を 無矛盾に統合することに成功していません。 多くの現象をニュートン力学で説明することができ、 それに対して、嘘をつかれたという人は ほとんどいないはずです。 もっと言うと、間違いであると否定された天動説は、 正しいと言っても過言ではないかもしれません。 (少し言い過ぎかもしれません。スミマセン。) 科学は真理だと思う人は多いと思いますが、 実のところ、仮説と実証の積み上げでしかなく、 理論の信憑性は、現象の予言能力と単純さでしかない と言えます。(オッカムの剃刀という議論があります。) 天動説でも惑星の運動を予言できますが、 エカントという仮想の天体を導入する必要があり、 精度を上げるためには、不自然な仮定を多数取り入れる 必要があります。 地動説が真理で、天動説が誤りという知識を信じることは、 (後述のスコラ学以前の状態に近く、) 科学的とは言い難いものかもしれません。 謙虚に、人間一人が知り得る事実は 微々たるものであることを認めて、 どのような土台(例えば、ニュートン力学、あるいは相対論や量子論) の上に、どんなロジックを組み立てたのかを認識していることが 重要かと思います。 このままでは、前置きだけで終わってしまうので、 ローカルスロープリミットの前提条件について、書き始めます。 干渉計におけるローカルスロープリミットは、 ピクセルの中に干渉縞が2本入って、 フリンジスキャンによって変調しない条件である というのは、嘘ではないとも言えますが、方便です。 この理解で支障がないレベルのうちは、 それ以上深く考えたり、実験で確かめたりしなくても 問題はないと思います。 しかし、干渉計の原理に基づいて、技術を深めようとすると、 ここで思考停止しては、前に進むことができません。 とりあえず、計算してみます。 時刻 t に沿ってフリンジスキャンさせて、 位置 x=0 で正弦波を得た場合、 I(0) = A { sin(t) + 1 } と書くことができます。 細かい状況設定や説明を書くと長くなってしまいますので、 数式から、点光源でコヒーレント光だと汲み取って下さい。 インコヒーレントであれば、干渉縞はできません。 本当は、部分コヒーレント光なので、後で考察します。 振幅を A と置いたので、コントラスト C を計算すると、 C = { I[max] - I[min] } / { I[max] + I[min] } = { A( 1 + 1 ) - A( -1 + 1 ) } / { A( 1 + 1 ) + A( -1 + 1 ) } = ( 2A - 0 )/( 2A - 0 ) = 1 となります。( C=1 は、コントラスト最大です。 ) さて、(リニアな)局所勾配があり、x の位置で得られる フリンジスキャンの正弦波が I(x) = A { sin(t + bx/p) + 1 } であるとします。 ここで、ピクセルサイズを p としています。 すると、x=p では、 I(p) = A { sin(t + b) + 1 } となります。 ピクセルから得られる信号の合算 J は、 x = 0~p にて得られる I(x) の合計なので、 x について、0~p まで、定積分します。 J = ∫I(x)dx = ∫( A { sin(t + bx/p) + 1 } )dx = Ap ( { sin(b/2)/(b/2) } sin(t + b/2) + 1 ) この積分計算を 3行で書きましたが、 計算するときに、置換積分と三角関数の和積公式を使っているので、 ちゃんと書くと長くなりますが、割愛します。 注目すべきは、正弦波 sin(t + b/2) の頭に シンク関数 sin(b/2)/(b/2) が付いていることです。 計算してみて、突然、シンク関数が現れると、 驚きや感動があるかもしれません。 でも、矩形関数のフーリエ変換がシンク関数だと知っていると、 矩形関数に対応するピクセルについて考えているので、 シンク関数が出てくることに驚きはないかもしれません。 シンク関数をひとまず K と置いて、 コントラスト C を計算します。 C = { J[max] - J[min] } / { J[max] + J[min] } = { Ap( K + 1 ) - Ap( -K + 1 ) } / { Ap( K + 1 ) + Ap( -K + 1 ) } = ( 2KAp )/( 2Ap ) = K つまり、コントラストがシンク関数 sin(b/2)/(b/2) の分だけ 低下していることが分かります。 b=0 のときは、局所勾配がない場合なので、 K = 1 です。 b=2π のときは、ピクセルに 2本の干渉縞が入る場合なので、 確かに K = 0 となり、変調しなくなることが分かります。 ここまで、計算結果と想定される現象は整合性が取れています。 そして、ある局所勾配以上になると それ以上は変調しなくなるわけではなく、 信号の振幅がシンク関数的に低下しているだけだ ということが計算で分かりました。 ただ、これだけでは現象を説明するには十分ではありません。 ここに至るまで、もっとたくさんの計算といくつかの実験をしています。 残念ながら全てを書いてお伝えすることができません。 実験は、仕事の合間に、 条件を変えながら、ピクセルから得られる信号を観測して、 考察を重ねました。概ね、理屈通りの信号が観測されています。 本当はもっと実験したいことがありますが、 時間がなかなか取れません。 同じ問題意識を共有できる人も少ないのが現実かと思います。 でも、もう少し説明を続けます。 もう一つ考慮するべき効果として、 斜入射干渉計におけるギャップと空間コヒーレンスの関係があります。 参照光線とテスト光線の距離 L は、 L = (2g tanθ) cos( arcsin( (1/n)sinθ ) ) と計算できるので、 参照平面(屈折率 n)とテスト面のギャップ g が大きくなると、 空間コヒーレンスも低下します。 従って、局所勾配(ローカルスロープ)を持った形状があり、 その累積でギャップが大きくなりつつ、 局所勾配も大きくなっていく場合、 空間コヒーレンスの低下と シンク関数的に減少する信号振幅のダブルの効果で、 あるところまで来ると、 ソフトウェアが信号として認識する振幅の閾値を割り込みます。 これが、ローカルスロープリミットとなります。 何の話をしているかサッパリという印象かもしれません。 ここまで読んでもらえるかも分かりません。 (話は冒頭の流れに戻って、) 科学的手法を開拓し、科学の父と呼ばれているガリレオは、 スコラ学に満足しなかったと言われています。 スコラ学とは、理論的思考により、 理詰めで答えを導くという方法です。(と私は理解しています。) 真理は存在し、理性はそこに到達できるというスタンスでしょうか。 スコラ学に足りなかった、実験で確かめるという方法を加えて、 科学的手法が出来上がってきました。 スコラ学以前は、偉い人が唱えた古典(教科書)が真実だと信じて、 それを覚えるという学問手法です。 人類が手にした科学的手法というものは、 最初から存在した常識的なものではなく、 長い歴史と多くの天才たちと大変な苦労によって積み上げられました。 謙虚さを忘れて、油断すると、 スコラ学どころか、それ以前の手法で もがいている状態に気が付かないまま、 世の中には正解が存在するという盲信で、 見るべきものが見えなくなっている可能性があります。 -- 高野智暢